警察というもっともおかたいイメージのある機関で、地域の部署的なものでない初の公式のSNS運用を切り開いた過程とその苦労をつづった実録書。大きな企業でかつブランドや品行方正さを求められる組織でのSNS運用に希望を与えてくれる一冊です。
この記事の目次
警視庁初のツイッター開設した人物が語る組織におけるSNS運用の可能性
著者は、高校卒業と同時に警視庁に入庁し、27歳の最年少で警部補に昇任した中村 健児さん。
交番勤務から始まり、白バイ乗務、機動隊、警護課(いわゆるSP)、ヤミ金対策や知的財産権侵害事犯の取締りに従事しました。全国で初めてヤフーオークション詐欺事件の犯人を検挙したほか、多数の不正アクセス事件の捜査を担当したバリバリの警察のなかの人です。
その著者が、警視庁に帰任後、犯罪抑止対策本部で警視庁初のツイッター公式アカウントを開設することになります。その当時の苦労と、運用時の苦労、そしてその後の発展ぶりを、担当者みずからが明かす内容となっています。
なお私は、個人でマーケターを20年以上し、Twitterは2009年から運用をしています。その私からみたとき、本書は次のような人に向いていると思います。
- 前例主義の、おかたい組織で、SNSを立ち上げるにはどうしたらよいのか事例を知りたい
- SNS運用を限られた予算ながら、ある程度運用を任されている
- 大手ブランドや知名度のある自治体がゆるくSNSを運用したときの効果を知りたい
- 芸能人などで社内の制限をまもりつつ、ユーザーとコミュニケーションしていくか知りたい
いっぽうで、次のようなことを期待する人には、あまり向いていないかもしれません。
- 広告予算などが潤沢にありSNS運用でがっつり売上を伸ばしていきたい
- 複数のアカウントを効率的に運用する具体的なスキームが知りたい
- インフルエンサーや個人がフォロワー数を増やす方法を知りたい
- SNSにおける炎上やトラブルの対応を知りたい
中の人は駐在さん ツイッター警部が明かすプロモーション術 | 中村 健児
Twitter導入のきっかけは特殊詐欺をどうしたら防げるかという思い
高齢者に直接訴求してダメなら誰に訴求すればいい?犯人が成りすます息子や孫のほうから親や祖父母に働きかけてもらえばいいんじゃないだろうか。~略~そして、そのためのメディアを考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがツイッターでした。
著者は犯罪防止対策本部に着任してから、各部署へ犯罪防止のはたらきかけをしていました。しかし、当時なかなか思ったように減らなかった犯罪があったそうです、それが特殊詐欺でした。
最初は高齢者に働きかけて引き出し限度額を低くしてもらうなどを啓蒙したそうですが、なかなか難しかったそうです。そこで、著者が考えたのがTwitterによる高齢者を取り巻く人達による抑止効果の期待でした。
たしかに一見すると、効果のありそうな施策に聞こえます。しかし、情報を一切だすなという思想が根付く警察においては、情報をどんどん出しましょうというSNSは、相性がよいはずがありません。予想通り著者の要望は一蹴されます。
そこで、著者が上司にいった一言とは・・・。ぜひ本書で確認してみてください。
その一言がきっかけではたらきかけたことにより、無事にTwitter開設の突破口がいとも簡単にひらけたのでした。組織というものの奥深さを感じました。ダメそうに見えても、真正面からとりくめばしっかり取り組めば、道はひらけると勇気づけられます。
読みやすさの工夫が随所にあり章の最後のまとめも役立つ
本文はとても読みやすく、丁寧に書かれています。いわゆる中の人が書いており、第3者が事実を淡々の述べていく文体ではないため、ある程度は主観が多いですがそれでも、わかりやすく伝えようという工夫が随所にみられ読みやすいです。
たとえば、作業を自動化するくだりがありますが、そこでも専門用語はしっかりと解説がもりこまれていますので、ITに詳しくない人で読みづらいということはないと思いました。
VBAとは、マイクロソフトのオフィス製品に含まれるアプリの拡張機能で、利用者が簡易なプログラムを記述して実行することでさまざまな処理の自動化などを行うことができるもののことです。
Twitterは、過去の投稿も残っているケースもありますが、やはり投稿数がとても多くなります。そこで、いついつこういうツイートをしたことがきっかけで・・・と言われてもなかなか原文にあたってさらに理解を深めるのは難しいですよね。
本書ではそうした重要な投稿は、しっかりキャプチャをとり、ツイートをそのまま載せてくれています。親切です。
そして、各章ごとにまとめが書かれていますので、運用をしたい人にむけて、よりすんなりとノウハウや経験が理解できるよう配慮されています。
コラボやイベントやキャンペーンなど圧巻でSNSの可能性を感じられる
本書の最大の目玉といってもいい章が第4章です。随所に折衝や苦労はありますが、第4章ではついにSNSをベースにしたさまざまなキャンペーンやコラボが展開していきます。
【すっごーい!】『けものフレンズ』と警視庁の“ケモノ娘”コラボhttps://t.co/ALNmzIbar8
オレオレ詐欺への注意を呼びかけるキャンペーンを実施。サーバルちゃんと「テワタサナイーヌ」が描かれたポスターが掲示される。 pic.twitter.com/DNgy8LQ76R
— ライブドアニュース (@livedoornews) May 8, 2017
警視庁のアカウントですから、ポップな企画であればあるほどメディアで取り上げられます。圧巻は上図のけものフレンズとのコラボ企画。こうした企画の実行にはもちろん多くの苦労や手間がつきものですが、本書ではそれらの大変さ以上に、SNS運用の可能性や希望をみせてくれる企画が目白押しです。
警察ということでは、TwitterとYouTubeとをからめた公開捜査まで実践していきます。今どきの媒体をいかして、犯罪抑止や操作に役立てようという姿勢には、頼もしさも感じることでしょう。
いっぽうで、これらの企画などはどうしても属人的になりがちです。この人だから実現した、警視庁というブランドがあったからできた、という冷ややかな見方もできるでしょう。しかしいっぽうで、だとしても公務員である著者は当然なにか具体的なインセンティブがあるわけではないはずです。これらの独自の企画も、熱意という源泉がなければなしえないことだとはわかります。
本章は、SNSの可能性を今一度思い出したい人にこそ勇気を与えてくれると思います。
大きな組織で、SNSの可能性を、今一度チャレンジしてみたい人に、おすすめです。
中の人は駐在さん ツイッター警部が明かすプロモーション術 | 中村 健児
「中の人は駐在さん」目次
はじめに
第1章 初めてのツイッター
- なぜツイッター?
- 「犯罪抑止対策本部勤務を命ずる」
- 「何かあったらどうする」との闘い
- 初めての総監室
- 絶対に炎上は許されない(不本意ながら安全運転)
第2章 役所こそやわらかく
- 事前決裁
- お手製botとの格闘
- 1週間でフォロワー200人
- 免責条項だらけでは
- SNSはイベントだ
- ギリギリのところで何ができるか
- 「みかんの汁がズボンに落ちました…」でフォロワー数急増
- うっかり体験やお茶請け
第3章 激変の日々
- まさかの運用が停止に!
- ルールは作れる
- 公的な情報と個人的な内容がひと目で区別できる
- 勝手に書かれちゃ困る
第4章 反響を読んだキャンペーン
- ツイッターで振り込め詐欺新名称募集
- 総監突撃
- 知事室からお電話です(警視総監に突撃インタビューからの都知事に突撃?)
- 俺はこじれるぞ(ユーチューブ公式チャンネル開設への道)
- 「めろちん」さんとのコラボ企画
- プリキュア37人言えるか
- ツイッターとユーチューブを連携させた公開捜査を実現
- Digi Police誕生秘話
- 超ニコニ交番開設
- アニメ『けものフレンズ』とのコラボを実現
第5章 ツイッターについて思うこと
- ツイッターは中村のメディアだ
- ネガティブな意見をポジティブに変換
- 共感こそすべて(白バイ乗務時代の原体験)
- サンタクロースに注意を与える
- ツイッターは耕運機
- 私はソーシャルメディアの駐在さん
- ゆるさは補集合とともに
おわりに
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